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モロッコの旅 マラケシュ編

 モロッコの旅も最後となりました。

 雪景色のアトラス山脈を越えていざマラケシュへ。

Cimg8626  まさか、このような雪景色をモロッコで見ることができるとは・・・。

 当然バスはスタッドレスタイヤでもなければ、チェーンも付けていません。一時はどうなることかと・・・。

 マラケシュはモロッコのほぼ中央に位置し、標高450mでアトラス山脈の麓に広がるオアシスに築かれたモロッコで2番目に古い町です。

Cimg8656  新市街にあるマラケシュ鉄道の駅です。カッコイイ!

 カサブランカの白に対して、マラケシュは赤色の町です。旧市街の建物は赤土の日干し煉瓦で造られています。

Cimg8679  ジャマ・エル・フナ広場を見下ろすこの町のシンボル、クトゥビア・モスク。12世紀中頃に建てられました。この77mのミナレットは西側イスラム世界でもっとも美しく均整がとれたムーア様式の最高傑作といわれています。
 てっぺんの球は人々に平穏をもたらす力があると信じられています。球の横のL型のサインはメッカの方向を表しています。
Cimg8690  町は真っ赤です。これは、政府が外壁の色は赤と決めているそうです。なるほど。そうでもしないとモロッコでさえもだめなのか。
Cimg8722  バビア宮殿内部。19世紀末に1000人の職人によって建設されました。
 中庭の周囲に並ぶ部屋は当時の4人の妃と24人の側女達の個室でした。
Cimg8730  どの部屋も豪華絢爛。モザイクタイルに大理石。これは、石膏を塗った後、彫刻刀で模様を彫る現場での施工仕上げです。大変な労力ですねー。
Cimg8744  天井の細密画も実に見事です。これは、寝て天井を見上げるとそこには美しい絨毯がありますよ。という意味らしいです。
Cimg8760  全長20kmの城壁で囲まれた旧市街。12世紀前半に築かれました。
Cimg8816  アグノウ門と分厚い版築の城壁。ルイス・バラガンもモロッコを訪れたとのこと。
Cimg8829  どこの国でも子供はかわいいし、老人の子供を見る目はやさしい。
 モロッコという国名はヨーロッパ人がマラケシュを訛って発音した事に由来しているそうです。
Cimg8856  ジャマ・エル・フナ広場。アラビア語で「死者達の集会」を意味します。当時は公開処刑場で罪人の首を曝す場所でした。現在は深夜1時までお祭り騒ぎの広場です。
Cimg8871  油断すると勝手に猿が肩に乗ってくる。このフナ広場の北側は、国内最大級の規模のスーク(市場)が広がっています。
Cimg8837  スークの裏側には民家があり、スークから入れないようになっています。フェズと同じくよそ者は庶民の生活空間に踏み込めないよう、住宅街の出入り口は離れた場所に設けられています。考えられた都市構造です。
Cimg8835  ここでしかないものを使う。景色とその土地の土で作った建物がこんなにも美しいのか!モロッコに行く前は、土の家なんぞは少ししか残っていないと思っていましたが、いやいや、RC構造以外は田舎ではほとんど残っていました。もちろん廃墟も多かったですが、自然に朽ち、それも美しい景色の一つでした。
Cimg8861  日本は全国どこででも均一な材料が手に入り、風土や地域性による必然性は無くなりつつあります。経済性・合理性のもと“そこに住む”という本来のいえの意味が失われています。豊かになり物があふれ価格のみで競争する建物には、何も感じないでしょう。

 外敵から身を守るための、そして暑さを考慮しいかに太陽を拒み涼しくするか。それが自然な形となり目の前にある土、石を積む。実にシンプルな考えから出来ています。

 非常に刺激を受けた旅でありました。

 アラビア語で「アンタ アホヤ」という言葉があります。正確には「エンタ アホイヤ」。これは、You are brothers.「お前ら、皆兄弟や!」または、「あなたは優しい!」

 「アホヤ スンマヘンナ」は「兄弟!すみません!」という意味です。

 ぜひモロッコへ行かれるときは使ってください。モロッコ人と仲良くなれます。

 

 

モロッコの旅 アイト・ベン・ハッドゥ編

Cimg8478  工事中のビルです。壁は穴あきレンガで、足場板はこのように角材をレンガに差込み

その上に載せています。

Cimg8479  軽くて扱い易そうな素材です。

 さあ、待望のアイト・ベン・ハッドゥに来ました。

 七世紀にアラブ人がこの国の北部を征服すると、先住民族のベルベル人がその支配から逃れアトラス山脈を越えオアシスにカスバを築き移り住みました。

Cimg8481  川のほとりの斜面に建っています。以前はその川を渡らなければ行けなかったそうですが、今は裏手に橋が架かっていて容易に行けます。

Cimg8494  この橋がちょっとねぇ~。普通の橋でした。しかし、気分はワクワク。

Cimg8496  橋を渡る前にみやげ物屋がありました。土とカラフルな色がマッチしていていいですね。

Cimg8515  ここは「アラビアのロレンス」「ナイルの宝石」 「ハムナプトラ2」の映画のロケ地となりました。モロッコで一番美しい村と言われています。

Cimg8528  異民族との戦いに備えて要塞化されたクサルの内部は、やはり迷路のようでした。

 現在数家族はまだ住んでいるみたいです。かつての居住者達は川向こうの新しい村に移ったそうです。

Cimg8553  ほとんど姿は廃墟のようでした。途中、絵を売っている人がいました。

Cimg8567  赤土のクサルが築かれたのは500年ほど前です。建ち並ぶ塔の壁には、飾り窓に見せかけた銃眼が開いてあり侵入者を阻む為のものでした。それがデザインとして土の建築に合っていますね。

Cimg8577  この日干し煉瓦造りの建物は 、換気と採光の為に吹き抜けの中庭があります。光は奥まで届かず、室内は暗いです。敵から守る為だと言われています。

Cimg8571  丘の頂上にはイグレムと呼ばれる穀物倉庫が建っています。有事の際に最後の頼みとなる食糧を保管していました。まあ、そこまでには敵をやっつけるということでしょう。

 家、倉庫の他に、学校、モスク、集会所なども備わっていた要塞。赤茶けた大地と同化した美しい村は、何か懐かしさがあり、また、身の安全を守る為に先人の知恵が凝縮されたすばらしい空間でした。

Cimg8598  小袋に入った飴ちゃんは現地の子供たちには大人気でした。大阪のおばちゃんはいつも飴ちゃんを持っています。

モロッコの旅 カスバ街道編

 エルラシディアからワルザザードを結ぶ東西ルートをカスバ街道と呼びます。

Cimg8335  この街道沿いには、オアシスごとに日干し煉瓦か版築の家、そして要塞だったカスバが残っています。カスバとは城壁で囲まれた要塞という意味です。

Cimg8371  荒れた岩肌とカスバとそれを取り巻く緑のオアシスがマッチしていますね。

 昔はこの街道はサハラの向こう側のブラックアフリカとアトラス山脈を結ぶ重要な通商ルートだったそうです。ラクダが何日も掛けて行き来していました。

Cimg8373  今では廃墟になっているものが多いです。4000メートル級の山が連なるアトラス山脈に降った雨や雪は渓谷を流れ砂漠に吸い込まれます。

Cimg8410  トドラ渓谷です。切り立った岩山に圧倒されます。ヨーロッパのロッククライマー達は、この岩壁に登る為、はるばるやって来ます。

Cimg8397  大きな声で呼んだら手を振ってくれました!見るからに怖いです。ようやるわ~sign01

Cimg8401  川で洗い物している人です。正面からカメラを向けると、「チップ!」と言われました。

 透き通ったきれいな水です。川の横には水路がありました。

Cimg8402  西部劇か、猿の惑星に出てくるような 風景でした。ここで昼食のタジンを食べ、いざ、ワルザザートへ。

Cimg8421_2  車窓からこのような集落を多く見かけます。KSRAクサルといい土壁造りのベルベル人の集落です。カスバが元来このクサルに付属する共同の穀物庫で遊牧民の襲撃に備えた砦でありました。

Cimg8427_2  このように四隅に物見塔があり、平面は四角です。基礎は切石を敷き詰め、壁は土と砂利を水で捏ね、木の型枠に流し突き固めた工法です。ピゼ(版築)と呼ばれています。

Cimg8423  以前紹介しましたが、ピゼで造られた壁は型枠を止める木杭の為の穴が開いており、

これにより、ピゼ か日干し煉瓦造かが容易に判ります。

 雨の少ないこの地では、農地は谷筋に限定され、よってクサルは谷沿いの斜面地に造らざるをえなかったです。

Cimg8422  さあ、次の目的地は、モロッコで一番見たかったアイト・ベン・ハッドゥです。ワクワクheart02

モロッコの旅 メルズーガ砂漠編

 アトラス山脈を越えると今までとは別世界になります。高い山脈が地中海の温暖な

空気を遮断して、この時期、寒く乾燥した大地が延々と広がっています。

Cimg8256  サハラ砂漠東の玄関口エルフードは1917年フランス軍の駐屯地として造られました。よって、基盤状の真っ直ぐな道路がはしっています。建物の壁はレンガ積み。構造はRC造ですが、柱が細い! 大丈夫かいな。(´ρ`)

Cimg8285_2  宿泊ホテルは☆☆☆☆。中庭にプールがあり夏はいいでしょうね。

Cimg8156  私は雰囲気もよく結構好きなタイプのホテルでしたが、あるツアー客は「お湯が出にくい!」「暖房効かない!」・・・、まあ、四ツ星といっても日本と違うのでそのへんはしゃあないと思うのですが・・・。

Cimg8275  格子を介しての光。美しいです。お湯や暖房の効きより、こういうのが良いのです。

 エルフードからメルズーガ一帯の砂漠まで約45分。起床4時40分。外は真っ暗な5時過ぎに出発します。4WDに乗り最初は舗装道路を走って行きますが、途中から道無き道を走ります。

Wd  これは帰りの風景ですが、最初は一列に4WDは走っていきますが、道がなくなると、4WDはあちこちに広がり競う合うように走っていきます。運転テクニックを競っているのかな?

Cimg8195_2  車は途中まで、そこからラクダに乗るか歩くかです。

Cimg8210  ラクダは賢いですね。列を乱さずおとなしく列を作って歩いて行きます。私は乗りませんでしたけど、記念に乗っておけばよかったです。

Cimg8187  側にずっと居てくれると言うか、勝手に居るのがこのベルベル人。モロッコ国民の3割強はベルベル人です。先住民ベルベル人がアフリカ大陸の東方よりこの地へ移住して来たのが紀元前5000年頃。このマグレブ地域とサハラ砂漠の先住民として長い歴史をベルベル人が営んできました。

Cimg9096  優しいのか何なのか・・・。帰りがけには化石を買ってくれ!だとか、やはりチップ、チップ!と迫ってきました。予想はしていましたが・・・。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 愛嬌はありますが、少し、しつこいですねー。このスケッチも「俺をモデルに書いてくれ!」 と言われたので描きましたが、その後、「モデル料ちょうだい?」だとさ。

Cimg8217  ベルベル人のテントみたいです。

Cimg8240  日の出鑑賞後はミントティーを戴きました。ほとんどは中国産の緑茶でその中にミントの葉と砂糖が入っており、味はなかなかいけました!

Cimg8230  これはゲストハウスかもしれません。こういうところに宿泊する砂漠ツアーがあるそうです。

Photo  この砂漠の日の出は感動しました。心に残る1日になりました。

モロッコの旅 フェズ 後編

 1913年フランス人により建造されたブー・ジュルード門。青色や緑色の彩釉タイルが

何とも美しいです。

Cimg8097  偶像崇拝を禁ずるイスラムでは人物図像ではなく、抽象的な模様を用いています。

 そのため、幾何学模様の彩釉タイルの装飾が発達してきました。

Cimg7906  釉薬をかけて焼いた彩釉タイルは焼きあがった後、金槌で職人が細かく割り、デザイン画に組み合わせていきます。タイルの形や色は建物の壁や床の形に収まるよう工房の親方が決めていきます。

Cimg8080 モロッコタイルの技法は10世紀に始まったとされています。職人が一つ一つ丹念に割り、組み合わされた光沢あるタイル。よく見ると本当にアジがありますねー。bleah

Cimg8082  ブー・イナニア・マドラサ。14世紀に建てられたフェズ最大規模の神学校です。

 ここのタイルや漆喰彫刻 は見事です。

 壁にはコーランの詞句が装飾書体で刻まれています。石膏+大理石の粉60%+卵の白身が材料です。途方もなく、ものすごく根気と技術がいる手作業ですね。Cimg8086_2  フェズ川沿いにあるなめし革職人街。タンネリ(なめし革工場)とはフランス語で、フェズのタンネリは500年の歴史があります。

 革製品のお店を通り、屋上に案内されます。その時にミントの葉が配られます。これで鼻に当てて臭気を和らげます。何ともいえない匂いでした。

Cimg8036  屋上には色鮮やかな桶が並んでいます。染色用の薬品や染料が入った多くの桶が色鮮やかです。このタンネリも前から見たかった場所でした。いいね~。(゚▽゚*)

Cimg8029  赤はアカネ、青はインディゴ(インド藍)、黄はモクセイ。職人達が桶に入って、革を足で踏みつけ染料を染み込ませます。

Cimg8035_2  まず、ヤギ、羊、ラクダ、牛などの皮革の脱毛から始まり、なめし、染色、乾燥までおよそ7行程を行うそうです。こうして出来上がった革は柔らかく耐久性があり鞄や履物などの製品に使われます。

Cimg8093  バブーシュ。モロッコ独特のかかとを履き崩した様なスリッパ です。

 Cimg8100  フェズの城壁は東西2.2km、南北1.2kmあり12世紀初頭には完成しました。

 この城壁は土で出来ています。

Cimg8102  この壁の落書き?は選挙用の為の絵です。字が読めない人でも候補者の絵を見て判る仕掛けになっているそうです。

Cimg8108  この壁の工法は、版築といって、土を押し固めていくやり方です。開いた穴は上に登る為の足場板を置くための木の棒を差す穴です。

Cimg8142 フェズでは生活に密着したモロッコの伝統手工芸技術を見ることが出来ました。

Cimg9095   

 フェズから460kmアトラス山脈を超え、砂漠の玄関口エルフードへ向かいます。木が生えていないこのような景色を延々と走ります。

Cimg8129  車窓には土の家が多く現れてきました。かっこいいね~。heart01

 昼食に食べたプリンは美味しかったなー。モロッコはなぜかプリンが美味しかった。

Cimg8121

モロッコの旅 フェズ 前編

 モロッコ北部の内陸都市フェズは、9世紀初頭に築かれたこの国最古のイスラム王都です。

Cimg7876  旧市街フェズ・エル・バリは世界一複雑な迷宮の町です。

 809年イドリス2世はアトラス山脈の北を流れるフェズ川沿いの谷間にこの都を誕生させました。まず町の中心に壮大なカラウィーン・モスクを造り、そこから町は広がっていきました。

Cimg7938 フェズの町は白色です。

 地図を見ればよくわかります。町の中心にカラウィーン・モスクがあり、その周囲に学問に関係ある本屋・製本屋がある。その周囲には、食品・雑貨店などのスーク(市場)が広がっています。

Cimg7979  その背後は住宅街ですが、塀が高く入り組んだ路地の為、喧騒が届きにくい配置になっています。タンネリ(なめし革工場)や製陶工房などは町のはずれに位置しています。

Cimg8011  実によく考えられた町の構造ですね。フェズとマラケシュの特徴はなんと言ってもスーク

です。スークは回教の中には必ず存在します。フェズとマラケシュのスークは一度入り込んだら脱出不可能と言われています。coldsweats02

Cimg8061  右も左も狭いごちゃごちゃの路地。路地の上は強い日差しを遮る為か、格子やシートで覆われており薄暗く、振り返るとどう歩いてきたかさっぱり分かりません。

 まさしく迷路です。w(゚o゚)w

Cimg8065  ロバが引っ切り無しに歩いてくる。

 この見通しのきかない迷路は、イスラム人の知恵だとか。外敵が侵入したとき方向感覚を失わせる為と考えられています。住人にとってはいかに安全に住めるかという考えが、この複雑なスークを形成したのでしょう。

Cimg7940  フェズ川を挟むすり鉢状の谷の斜面に開けたために階段や斜面が多くあり、立体迷路になっているのも世界一複雑なフェズのメディナの特徴です。

Cimg8064  本当は一人迷って、方向感覚を失って、感を頼りに歩き疲れたかった。

 五感に刺激を与える素晴らしき人間感覚の スークでした。 

モロッコの旅 カサブランカ編

 モロッコに行ってきました。私の絶対に行きたい場所リストにマラケシュ、フェズ、アイト・ベン・ハドゥが入っており、やっと叶いました。

Cimg7761

 関空23時40分発ドバイ経由でカサブランカへ。人気のエミレーツ航空に初めて乗りましたが、映画・音楽・ゲームが充実しており、またCAがとても親切で満足でした。happy01

 ドバイまでは11時間、8119km。airplaneそこからカサブランカまでは9時間。日本とモロッコの時差は-9時間で到着はモロッコの昼1時前でした。あーしんど。

 飛行機内では映画を2本半見ました。あまり寝なかったのがよくなかった。カサブランカに着いたら眠たいのなんの・・・。ムハンマド5世空港から外へ出ると、砂埃っぽい景色が広がりました。やっと、着いたぞー!憧れのモロッコだ~!

Cimg7764  カサブランカはマグレブ諸島でも最大の経済都市で人口が400万人を超えています。

 カサ・家、ブランカ・白の単語で白い家という意味の町です。白い外壁は太陽光線

を反射させて家の中を涼しくさせます。

Cimg7789  1993年に8年がかりで完成したハッサン2世モスクです。この国最大で、世界5番目に大きいモスク。設計はフランス人で現代科学の最先端の設備を備えた建築です。

 床はソーラーシステムの床暖房です。

 内部にはなんとsign012万5千人が収容出来、敷地内では8万人が入れます。

Cimg7785  モロッコ全土から職人・芸術家達1000人が仕事に係わっており見事な芸術作品になっています。内部はもちろんイスラム教以外は入れません。

Cimg7829 古い城壁で囲まれているメディナ内です。本当に歩いていて楽しいsign03

Cimg7821  生活の匂いをイヤと言うほど感じます。

 実は、モロッコへ来るまえに「アラビアのロレンス」 と「カサブランカ」を見ました。「カサブランカ」のボガードはかっこよく、イングリッド・バーグマンは私の中では世界3大美女の一人でしょう。lovelyしかし、あの映画はすべてハリウッドのスタジオで撮影されたそうです。

 あの、リックス・カフェの前を通りました。そこで映画を思い出しながら“after you go”

というカクテルを飲みたかったです。

Cimg7828  人と匂いと煙。何か生きている感じがしましたねー。路地を歩くのは本当に楽しいです。

Cimg7834  この地域は1755年の大地震に、ポルトガルがこの地を手放しその後商業地として発展してきました。

Cimg7843  白色の高層ビルが建ち並ぶカサブランカ。近代都市化されてはいますが、古いモロッコが垣間見れ、活気があるモロッコ最大の都市を体感しました。

 次は、バスで290kmフェズを訪れます。

長崎は今日は雪だった

 長崎に行ってきました。仕事ですよ。

 私は日本全国訪れていない県は長崎・佐賀のみでしたので、あと佐賀だけとなりました。

 今年中には佐賀も訪れそうで、日本制覇です!

Cimg8907  神戸空港、スカイマークのおかげで、低価格・短時間で長崎に行く事ができます。たった1時間です。

Cimg8910  私は、国内線の席は窓側を獲ります。神戸・淡路・四国の風景がはっきり見え、また着陸前の長崎の地形がはっきり分かりました。

 長崎でも雪が降りました。寒かった。今回は諫早のみ訪れました。南には雲仙普賢岳。1359m。

 長崎市では長崎名物・ランタンフェスティバルが2月6日まで行われています。

Cimg8912  フルーツバス停がありました。苺、メロン、スイカ、みかん・・・バス停ごと違う果物でした。これなら下りるバス停を間違えないですね。

Cimg9007  長崎県はとても複雑な地形をしており、ぼてっとした地形の兵庫県人からしたらややこしいぐにゃぐにゃした県やなーと思ってしまいます。

 なんと!971の島があり島の数が日本一です。海岸線の長さは北海道に次ぎ全国第二位。4137kmもあります。ちなみに面積は北海道の1/20です。

Cimg9016  リアス式海岸で海岸線が複雑に入り組んでいるのが大きな特徴です。よって、特徴ある市・町が多くあります。本場のちゃんぽん、皿うどんは、やはり美味しかった。happy01

 今回はあくまでも仕事で訪れました。

 さあ、先週待望のモロッコへ行ってきました。次回からモロッコ特集をします。

 お楽しみにsign01

Cimg8116

2012年 招運来福

 迎春

 本年もよろしくお願い申し上げます。

 この1年が平和な年でありますように。

 東北には、早く春が来る事を祈っています。cherryblossom

 たつ年ですが、個人的にはトラが今年こそ勝たなければ・・・。

 1月10日は、十日戎です。

Photo

 えべっさん。商売繁盛の神様です。毎年、西宮戎神社の福男を決める競争は話題ですね。run 

 西宮と言えば、高校サッカー全国大会での市立西宮高校の快進撃には感動しました。普通のスポーツ校ではない公立校が活躍するのは嬉しいですね。soccer

 地元の事代主神社。毎年この日、人気の屋台が出ます。

Photo_2  池田商店のピンス焼き。淡路の人なら誰でも知っています。happy01

 ピンス焼きとはベビーカステラのことですが、何でピンスか分かりません。

Photo_3  並ばなければ買えないので、出来立てアツアツが頂けます。

 このピンス焼きは中がトロッ、外側のふわっととマッチしており、一度食べたら病みつきになります。

Photo_4 もしどこかで屋台を見かけたらぜひ、お試し下さい。美味しいですよ~heart02

だんし が しんだ

 落語家・立川談志がお亡くなりになりました。

 落語会の風雲児、破天荒、天才、毒舌、暴力的・・・この人の魅力的なところは既成の枠を超えた怖さ・怪しさがあり、一方では、古典は名手の域に達していた。独自の解釈を加えた談志流古典落語は若い落語家の手本となった。そういうところかもしれません。

Cimg7703  人気番組「笑点」を企画、初代司会者となり落語家を一般の人々に近づけた。

 参院選に当選し、沖縄開発庁政務次官に任命されるが沖縄での記者会見を二日酔いで行い、たった36日間で辞任しました。

 記者「公務と酒とどっちが大事なんですか!」

 談志「酒に決まってんだろ!」

 最近更迭されたしょーもない沖縄防衛局長とは器が違いますsign01

 10年位前、北海道で談志の落語を聴きました。何せ、まくらが面白かった。放送できない内容であったと記憶しています。絶好調の時だったと思います。

 もっともっと立川談志の噺が聞きたかったです。敵はいたが、多くの人から慕われていた。桂三枝の涙が物語っています。

 権力に対して言う事は言う。落語協会脱退という考えられない事をした。かっこいい生き方だ。すこし憧れはありますね。

 ご冥福をお祈りいたします。

Cimg7705  「酒ェ呑んでも大丈夫ですか」と医者に聞いたら酒はガンを進めるから控え目に、タバコもダメだと言うけどあと四年、“65歳までならどうか”と聞くと、“なら大丈夫”と言う。

 決めた、たいした目的もなく七十歳まで生きているより、人生六十五歳ともう決めた。恐々生命を永らえているよりはるかにいい。あと四年、勝手に生きてやる。

 あとは後のことだ、きっとガンになる。ならなきゃ、生きてるか、自殺するか、いやその前に狂う予定である・・・。               

                   (1997.12.9 談志ひとり会)

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