旧甲子園ホテル
先日、武庫川女子大学甲子園会館にて、「木造住宅耐震」の講演会とライトアップがあり行ってきました。
この大学の建築学科の校舎は、1930年甲子園ホテルとして建設されました。
設計はフランク・ロイド
・ライトの弟子の遠藤新。帝国ホテルをチーフ・アシスタントとして設計に携わり、山邑邸、自由学園明日館などに関わりました。
甲子園ホテルは遠藤が41歳の時の設計です。 阪神電鉄が阪神間に様々な施設を建て、その一つとしてリゾートホテルが計画され甲子園ホテルが完成しました。
戦前には「西の帝国ホテル」と呼ばれ、多くの客をもてなしたが、戦争と共に方向変換せざるを得ない状況に置かれた。軍人用ホテル~海軍省が病院として。終戦後は、進駐軍が将校用宿舎に。1957年接収は解除されたが、しばらくは大蔵省の管理化で
ほったらかしのままでした。
南側テラス。規律ある日華石の装飾。 1965年に武庫川学院が買い取り、現在の大学建築学科の校舎に生まれ変わった。
この東ホールは元々食堂でしたが、現在は、大学1年生の教室になっています。1学年40名ほどの学生が、一人1台の専用の大きな製図机とパソコン
。この名建築で学び生活できることは、建築の学生にとってはこれ以上ない素晴らしい環境でしょう!羨ましい!
左右対称のプラン。建物中央は低く抑え両側は以前客室になっていました。1階は段差があちこちあり水場も設けてあります。何という豊かな室内空間か!
現アートショップの部屋の床。
モザイクタイルの見事な美しさ。
現西ホール。障子をモチーフにした光天井と独特な木製装飾の
垂れ壁。
ライト流の幾何学模様が取り入れられ、テラコッタやボーダータイル、緑の釉薬瓦、打ち出の小槌のモチーフ。
点灯式後、音楽学部演奏学科のコーラスの音色が響き渡ります。
南側には回遊式庭園、茶室があり、池に映った紅葉と象徴的な2本の塔が対照的に夜の風景に溶け込んでいます。この塔は煙突・排気・通風などの機能が備わっており、外観の意匠と設備の両方での重要な役目をしています。 この環境下で建築を学べる学生達、職員方は誇りですね。また、この日多くの来場者があり、点灯式には歓声が上がっていました。地元住民にとっても誇り高き建築だと思います。ホテルから戦火を生き残り、未来の建築家の校舎として生き続ける。
素晴らしいことです。
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