北海道縦断 音威子府村編
旭川市から北の地点に、北海道一人口の少ない村があります。
音威子府村。743人(2017年3月)。
80%山林に覆われ、特別豪雪地帯で、夏30℃、冬ー30℃の寒暖差の激しい場所です。
ここに、彫刻家・砂澤ビッキの記念館があります。1935年~78年まで422名の卒業生を送り出した筬島小学校。78年廃校後、ビッキはこの場へ移住しアトリエとして使っていました。ビッキの死後15年「エコミュージアムおさしまセンター 砂澤ビッキ記念館」 として生まれ変わりました。
砂澤ビッキは旭川生まれ。ビッキは子供のころからの愛称でアイヌ語でカエル。風貌はクマさんのようだ。
靴を脱ぎ建物に入り「風の回廊」を通って行く。内装は、天井・壁・床と全て地元の木で出来ており、ビッキが聴いていた風の音が静かに流れ、まるでビッキの心の中に潜入していくような感覚だ。
1980~90年まで音威子府駅前に建てられていた「オトイネップタワー」。強風により損壊しましたが、その一部がここに展示されている。よく見るとビッキに似ている・・・。
アトリエ兼制作の部屋。「午前3時の部屋」
ビッキ「午前三時頃フッとふっきれたものを感じ何かを発見することがある」
すべてはここから生まれた。この部屋から。
ビッキが使っていた道具は見るからに生命力があり、魂が入っているのが何となくわかる。
道具と一体となっていたのであろう。
ビッキは1967年に札幌のスタンドバーのインテリアを手掛けた。しかし、火災に遭い今はない。
その「いないいないばあ~」が再現されている。お酒は飾っているのみだが、コーヒーは飲める。クッキーもおいしい。
ここでゆっくり、サンテラスからのカボチャ畑と天塩山地を眺め、ビッキを感じるのもいいだろう。
1980年にD型ハウスを作り、大きな作品「四つの風」の制作する。今でもこのハウスの中央にそのまま残る樹齢600年のミズナラの大樹。直径1.8m。
あまりの迫力にビッキが唯一手を付けることができなかった。
「自らの作品はつくったときが完成なのではなく、自然の力が加わってこそ完成する」
ビッキの精神を感じる空間がそのまま残り、訪れた人々を大らかに迎える。 ぜひ、ビッキと木々の声を聴きに音威子府村へどうぞ。
ソバ生産地の北限地。黒色の蕎麦美味しいですよ。
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