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2017年9月

北海道縦断 頭大仏殿編

 なんとも不思議な興味深いネーミング。「頭大仏」Cimg2940 ラベンダーの丘の上に大仏さんの頭が・・・!
真駒内滝野霊園内に2015年12月に完成した「頭大仏殿」。設計は安藤忠雄。
大仏さんだけ以前からこの地にありましたが、霊園オーナーから「大仏を地域の誇りになるようにしてほしい」と安藤さんに頼みました。Cimg2944 頭は見えるが、なかなかたどり着けない。大仏までの道のりは135m。まず高さ2.7mの壁に囲まれた水庭に到着します。Cimg2949 このキラキラ輝く水盤の周囲を歩き、心を清めます。ここは結界。
日常から非日常へと心を切り替える大切な空間です。Cimg2951 水庭を抜ければ、コンクリート打ち放しのリブ状天井のトンネルが現れます。トンネル内は薄暗くて冷っとしており心が鎮まる。約40m先に光の中に大仏さんの足元がぼんやり見え期待感が大きく膨らんできます。Cimg2954 天井は6分の1円弧で施工は難しかったでしょう。Cimg2958  
上部開口の直径は約14m。壁の傾斜は60度。鋭角のリブは後光が差しているような。
 鎌倉の大仏とほぼ同じ大きさです。高さ13.5m。10年前に無垢の石から切りだし造られたそうです。りっはな大仏さんですが、人気はもう一つ・・・。さすが安藤さん。発想が面白い!
Cimg2963  「大仏を埋めてしまおう!」インドのアジャンタ・エローラ石窟寺院や中国の敦煌の莫高窟の大仏のイメージからか。隠すことにより劇的な大仏さんとの出会い。Cimg2970
最初から最後までの安藤さん独特の期待感を持たせながらのロングアプローチ。過去の作品にも多くこの手法を取り入れています。Cimg2982 春は新緑、夏は約15万本のラベンダー、冬は真っ白な雪景色。その中に囲まれた大仏さんはさぞかし嬉しいでしょう。また、多くの人にも来てもらい。Cimg2979 入口付近のモアイ像もこの霊園の人気スポットです。たぶん。
モアイのモは「未来」、アイは「生きる」という意味があります。

北海道縦断 余市編

 余市は、創業者・竹鶴政孝がウイスキーづくりに情熱を掛けたところです。Cimg2820 竹鶴は大学卒業後、摂津酒造に就職しすぐに1918年本場スコットランドへ留学・実習への旅に出ました。若干24歳。未開の地でのウイスキーへの情熱・日々の鍛錬が竹鶴の死後1985年に存在が明らかになった「竹鶴ノート」に記してありました。Cimg2866 この竹鶴ノートは大学ノート2冊で、内容は、当時門外不出だったスコッチウイスキーの製造方法の全貌、実習報告、製麦棟の構造、ポットスチルの構造、工場・労働問題、社員の待遇、販売方法、価格・税額・・・すべてのウイスキーに係わる事項・問題を多くの実測図面、絵、写真等で詳細に記録しています。国産ウイスキーづくりの基本となりました。
Cimg2854 かつての英国首相が「頭の良い日本の青年が、1本の万年筆とノートでウイスキーづくりの秘密を盗んでいった」と語ったのは有名です。
 1920年、現地でスコットランド人のリタと結婚、帰国。1922年に摂津酒造退社、1923年現サントリーに入社。Cimg2835_2  1934年自分の理想とするウイスキーをつくるため現ニッカウヰスキーを設立しました。
場所はスコットランドに似た冷涼で湿潤な気候、豊かな水、凛と澄んだ空気。北海道余市町を選びました。Cimg2842 赤い屋根と軟石造りの工場は余市町のシンボルとなっています。
 ニッカウヰスキーといえばモルト。大麦を原料にポットスチルでつくるのがモルトウイスキー。トウモロコシなどの穀物(グレーン)が原料のグレーンウイスキー。この二つのブレンドしたものがブレンデッドウイスキー。Cimg2827
 余市蒸溜所では世界でも稀な石炭直火蒸溜を採用しています。適切な火力が保たれるように石炭をくべ続けます。火加減を体得するまで10年はかかるといわれています。手間を惜しまず非効率的であっても伝統を守っています。
 現在はガス燃料が主流です。
Cimg2864_2
 
 厳しい冬の間に余市岳等の山々に降り積もった雪は春に余市川に注ぎ込み仕込み水になる。石狩平野では麦芽にスモーキーな香りをつけるビートや蒸溜に必要な石炭もある。
 朝夕のもやは、貯蔵庫の樽を乾燥から守り気温差を小さく保つ。
「余市モルトは潮の香がする」 日本海、三方を山に囲まれ豊かな平野と水源。Cimg2828
 まさしくここは竹鶴が「日本で本物のウイスキーをつくる」理想の地でありました。
風土が文化を生み、人の情熱が揺るぎない普遍の深みを楽しませてくれる。
 手間を厭わずそして新しい工夫とアイデアを探求し、本物の美味しさだけを求める。
ウイスキーは物語が含まれる酒ですね。

北海道縦断 増毛町編

 ニシン漁の栄華の残照が色濃く残る増毛町。
 増毛駅前通りには、明治から昭和初期にかけての歴史的な町並みが道北では唯一といっていいほど残っています。M01 JR留萌本線増毛駅。留萌~増毛間は2016年12月4日が最終運行で惜しまれながら廃線になりました。M02 高倉健、倍賞千恵子主演の映画「駅 STATION」のロケ地で有名になりました。
駅舎は大正10年築。現在そのまま残しています。M06 その駅の前に「旧旅館富田屋」があります。昭和8年築の木造3階建。。堂々たる風格が長きにわたり旅人を迎えてくれていたのでしょう。
 増毛と言えば、日本最北の酒蔵「国稀酒造」。M03 明治15年創業。ある呉服店の敷地内で従業員用の日本酒造りが始められたのがきっかけです。店頭に造り酒屋の目印「杉玉」が吊っています。枯れた茶色の杉玉は、新酒の熟成具合を表しており、緑の杉玉は新酒ができたことを表しています。M04 全銘柄の試飲、酒蔵見学、暑寒別岳の伏流水 の美味しい水も味見できます。Cimg2762 売店は酒以外にも様々なグッズがあり楽しめます。M05 石倉倉庫では増毛のニシン漁文化を体感できます。M07 「旧商家丸一本間家」国の重要文化財。屋根瓦一枚ごとに屋号が彫られています。M08  厳島神社は創建260年、道内有数の歴史を誇ります。本殿は総ケヤキ造りで朱色の縦材と黒の壁が特徴的です。7月13日は例大祭です。M11 昭和11年築の旧増毛小学校。道内最大最古の木造校舎です。平成24年3月に他へ移転しました。M10 体育館は改修工事中でした。ということは、まだまだこの校舎も有効に使用されていかれるでしょう。学校は町の思い出・シンボルです。M09 増毛とはアイヌ語で「カモメの多い場所」。まさにニシン漁とともに発展してきた町です。
 1970年頃の江戸中期からの北海道でも長い歴史をもつ町。
 歩いて観るには程よい規模の町並みは、日本酒をたしなみ歴史を感じながらぶらぶらするのもよいであろう。Cimg2795

北海道縦断 ニシン街道編

N01 留萌郡小平町。北海道の開拓の歴史を今に伝えるニシン御殿。 
 「旧花田家番屋」
昭和46年12月に重要文化財に指定され、小平町はこの建物を買収し、3年の期間と
約1億9千万円掛け修復しました。
N02 この番屋は北海道内の現存する中で最大規模です。
延べ面積906.5㎡。間口39.39m、奥行22.722m。外観も大きいですが中に入ればもっと大きく感じます。N05 花田家が明治29年頃山林を買い、木を伐採、製材に着手し建設したそうです。N06 漁夫の寝床。囲炉裏のある大きなだいどころ(居間)から一段高いところにあります。西の連窓から日が差し込む。N07  だいどころの上部は大きな吹き抜けで、天窓からの光がまぶしく床まで届きます。
 この天井の構造の美しさ!見事なものです。N08 入母屋造りの玄関から入ると、にわ(土間)があります。にわの北側は親方衆の居住部分、南側に漁夫の生活部分ではっきりと空間分けしています。
N09_2  だいどころには3つの囲炉裏が設けられ、材種がばらばらの七本の大黒柱が大きな梁を支え雄大な空間を作り出しています。平面・断面からみると、有効に段差を付け機能的に各空間をつなげています。合理的であり、また、精神性も一つの家族として強く結びつき感じられます。 N03  下見板張りの外壁。屋根はこけら葺き。基本のモデュールに沿った端正な姿。N04 明治から大正にかけてニシン漁は全盛を極め鬼鹿の海は千石場所と言われた。
ニシンの群来とともに海の色は乳色に染まりカモメが舞い、それはそれは大漁のまた大漁。一時の夢。ニシンは幻の魚となりヤン衆の声も消えていった。
 その息遣いが、大事に残された番屋から感じ取れます。

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